年金の繰上げ・繰下げ受給とは?
年金制度における繰上げ・繰下げ受給とは、老齢基礎年金や老齢厚生年金の受給開始年齢を65歳の基準から前倒し、または遅らせる制度である。通常、年金は65歳から受給が始まるが、希望に応じて60歳から75歳の間で受給開始年齢を選択することが可能である。
65歳よりも前に受給を開始する場合は「繰上げ受給」と呼ばれ、1か月繰り上げるごとに年金額が0.4%減額される。一方、65歳以降に受給を開始する「繰下げ受給」では、1か月遅らせるごとに年金額が0.7%増額される。
たとえば、60歳から繰上げ受給を選んだ場合、年金額は最大で24%減額される。一方で、75歳まで繰下げた場合は、最大で84%の増額が可能である。
2022年4月の法改正により、繰上げ減額率はそれまでの0.5%から0.4%に引き下げられ、繰下げ可能年齢は70歳から75歳へと延長された。これにより、より柔軟に老後の生活設計が可能になった。
繰上げ・繰下げ受給している人の割合
厚生労働省のデータによれば、2021年度末の時点で繰上げ受給を選択した人は、基礎年金受給者のうち27.0%、厚生年金受給者ではわずか0.6%にとどまっている。一方、繰下げ受給を選んだ人は、基礎年金で1.8%、厚生年金で1.2%にとどまり、全体としては依然として少数派である。
このことから、年金の受給を早める「繰上げ受給」の方が選ばれやすい傾向にあると言える。主な理由としては、生活費の確保や将来の健康不安、長生きリスクに対する懸念が挙げられる。


繰下げによって受給額を増やすメリットを活用している人はまだ少なく、年金受給戦略において改善の余地があるとも言えるだろう。
寿命データから見る受給戦略の考え方
年金の受給開始時期を考える際に参考となるのが、日本人の平均寿命に関するデータである。
厚生労働省が公表した「令和5年簡易生命表」によれば、男性の平均寿命は81.09年、女性は87.14年である。さらに、75歳まで生存する確率は男性で75.3%、女性で87.9%と高く、90歳まで生きる確率は男性が26.0%、女性が50.1%となっている。
特に女性は2人に1人が90歳まで生きるというデータから、繰下げ受給によって受給額を増やす戦略が理にかなっているといえる。一方、男性の場合も約3.85人に1人が90歳まで生きる計算であり、繰下げのメリットを享受できる可能性は十分にある。


個人の健康状態や家族歴、既存の資産状況、他の収入源の有無なども考慮する必要があるが、統計的な寿命の見通しは一つの重要な判断材料になる。
年金を早く受給したい人が多い理由
年金を早めに受給する人が多い背景には、いくつかの現実的な要因がある。第一に挙げられるのが、早期退職や失業などによる収入の減少である。60歳を過ぎると正社員としての雇用が難しくなり、非正規雇用や年金以外の安定した収入源が乏しい場合には、繰上げ受給によって生活資金を早期に確保する必要がある。
第二に、健康状態に不安がある人にとっては、「長生きできないかもしれない」という心理が働き、減額されたとしても早く受け取りたいと考える傾向がある。これは実際に高齢者世帯の生活実態に即した判断とも言える。
さらに、「年金制度自体の将来性」に対する不安も根強い。将来的に制度改正によって受給額が減額されるのではないか、あるいは受給開始年齢がさらに引き上げられるのではないかという不安から、「もらえるうちにもらっておきたい」と考える人が一定数存在する。


繰下げ受給を選ぶメリットと注意点
繰下げ受給の最大のメリットは、毎月の年金額が増加することである。たとえば、70歳まで繰り下げると42%、75歳まで繰り下げると84%も年金が増えるため、長生きすることで総受給額が大きくなる。
また、年金受給額が増えることで、将来的なインフレや医療費の増加に備えることも可能である。公的年金は一定のインフレ調整機能を持つものの、繰下げによって基礎額が増えれば、より手厚い老後生活を送ることができる。
一方で、繰下げ受給にはリスクも存在する。まず、繰下げを選んでいる間は年金を受け取れないため、その期間の生活費を他の手段でまかなう必要がある。資産が不十分な場合や、急な医療費が必要になった場合などには不利になる可能性がある。


結果的に平均寿命よりも短命であった場合、受け取る総年金額が少なくなるため、繰下げによる増額効果を享受できないまま亡くなるリスクも存在する。


まとめ
年金の受給開始時期は、従来の65歳を基準に、60歳から75歳の間で自由に選択できるようになっている。繰上げ受給では減額、繰下げ受給では増額されるという仕組みの中で、依然として早めに受給する人が多いのが現状である。
2021年度のデータを見ると、基礎年金では27.0%が繰上げ受給を選んでいるのに対し、繰下げ受給を選んだのはわずか1.8%であり、厚生年金においても同様に繰下げ選択者は少数派である。
しかしながら、平均寿命の延びや医療技術の進歩を踏まえると、将来的には繰下げ受給を選択することが有利になる場面も増える可能性が高い。特に90歳を超える長寿が現実的になっている中で、老後の生活資金を充実させるという観点から、繰下げ受給は有力な選択肢となる。
重要なのは、制度の仕組みと各自のライフプランを照らし合わせ、合理的な判断を行うことである。早く受け取るべきか、遅らせるべきかという問いに対する答えは、人それぞれの状況や価値観によって異なるため、情報を正しく理解した上で自分に最も適した年金受給の選択を行いたい。

